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Novel 
 揺れる電車の中で母が言う。
 「柚菜もきっと彰彦さんの事は、気に入るわよ。とっても優しいし、包容力があるし、何よりも声が温かいんだから。」
 彼女は、微笑みを浮かべながら(気に入ってくれなきゃこまるわよ。)と、訴えかけていた。
(声が温かいってどうゆう声?)
 思うが声には出さない。
 いろいろ気を使わされる一日になるのは目に見えていたが、だからと言って、逃げ出すわけにもいかない。柚菜が生まれて初めての、『母の再婚話』なのである。
(せめてお母さんの目に狂いがない事を、祈るわ。)
 小さくため息をつき柚菜は、これからの自分達の未来の行く末に、なんとなしに不安を、感じられずにいられなかった。
 はじめの頃は、再婚した後の自分達の環境の変化などに不安を覚えていたが、今はそうではない。
(何が不安なんだろう・・)
 と、前から思っていたのが今になって、はたと気が付く。
 彼・・彰彦に出会ってからの母は、いつもの冷静さを失っている感じがしていたのだ。
 もちろん恋をしている間は、浮ついて当然なのだろう。
 だけど、いままでの母は、どんなに相手に夢中でいるようでいても、心の奥底では、湖の底のようにシンと静まりかえっている不動の“もの“があった。
 その目が絶えず相手を品定めし、自分達に不利に働くとみるや、見るも鮮やかに別れを告げる。
 その切り口は見事なもので、一人で生きていく気概を、柚菜にしっかり見せてくれてたのだった。
 今までの母の恋はそうだった。でも今回は違う。
 母は、彰彦に夢中だ。その上相手の言うがままに、結婚話を進めている。明らかに無理をして買った洋服に身を包み…・。
(お母さんの代わりに、私が彰信さんの品定めをしよう・・。)
 生まれてからずっとそばにいた自分にだからこそ、あの“母の目“は少しくらい備わっているはず。
 そう思って、柚菜はしっかり気を引き締めるのだった。
 万が一、自分達にふさわしくないと思ったら、柚菜は全身全霊をかけて、この結婚話に反対するつもりになった。
 どんなに相手側が裕福であろうと、関係ない。
(私がお母さんの目を覚まさせてあげよう。だって私たちの生活がかかってるんだもの。)
 柚菜がそんな事を思っているなんて思ってもみないだろう。母は、自分の髪が少しほつれている方が気になるみたいで、
「ゆず。ここの髪の毛、ピンでとめてくれない?」
 と、首を差し出すのだった。
「もう。それくらいいいじゃないのよ。気合いれすぎぃーじゃん。」
 はたで見ていると、無邪気にじゃれあう綺麗な母親と、その子供に見えるだろう。二人は時間を気にして、足早に歩いて行った。
 待ち合わせのMホテルに着いたのは、それから一時間半ぐらい後だっただろか。
 広くそびえ建つ五つ星ホテルを目の前に、柚菜は、さらに緊張せずにはいられない。
 柚菜親子は、これまで一度だってこのようなホテルに泊まった事はなく、そもそもそこで食事会なんて、洒落た事をしたことなかったのだ。建物だけでも圧倒される。
「さぁ。いくわよ。」
 横で、母がゴクッと唾をのむ音をさせてつぶやいた。

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              白石かなな