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Novel 
 昨日母が洩らした話によると、柚菜が彰信に会うのと同じように、母が彼の息子に会うのも初めてなのだという。
 今の所、親の再婚話には、是も非もないらしい。
 その息子が自分達と会った後で、『結婚に反対』になると、事がスムーズに働かなくなる。と母が言った
(相手の息子が反対すれば、そのほうが私だってダメだと思ったときには、楽に反対できる)
 と、昨日話を聞いたときは、ほくそ笑んだのだった。ただ、母にしては、間違いのないお食事会にしたいだろう。
 緊張の度合いを高めた母を尻目に、柚菜だって、いよいよお目にかかれる母の相手は、どんな人だろうと、不安いっぱいになるのは、どうしょうもなく、
(あぁ。早くおわってよぉー。)
 と、人知れずつぶやき、みるみる階を登っていくエレベーターに眩暈を覚えた。
「柚菜も緊張してるの?」
「お母さんよりマシよ。」
 と、言い合っているうちに、エレベーターは、指定の階に到着し、扉が開く。
 目前にレストラン街が広がっている。
 母は、迷うことなく歩いてゆき、英語かフランス語かイタリア語か、分からない崩した文字で彫られたレリーフはRAFUIREと、かろうじて読める。その店の前までくると、中に入っていった。
「野々村です。待ち合わせをしてるんですけど。」
 はっきりと、母は野々村と言った。
(私たちは、野々村じゃないわ。)
 柚菜は、抵抗感を感じた。
「もうお越しになっております。」
 さあ。と、にこやかに案内される前から、柚菜は、彼の事がすぐに分かった。
 なぜなら、思ったより狭いフロアに、柚菜たちが来た事によって、スクッと立ち上がった男性が一人いたのと、その彼のたたずまいが、柚菜に衝撃をもたらしたからだ。
(パパ?。)
 と、なぜその時そう思ったのか。柚菜は、にこやかに微笑みながらこちらを見ている男のシルエットが、一度も見たことのない父親と重なるものを感じたのである。
 父の姿は、若いままで一切老ける事はない。
 柚菜が生まれる前に、事故で亡くなっていた父は、ビデオカメラで撮影された、数少ない映像と、写真のみでしか、見る事が出来ない。
 それなのに、母から繰り返し聞かされてきた父の話から、“パパ“のイメージが出来上がっていた。
 衝撃を受けている柚菜に、母は全く気付いた気配がなく、にこやかな笑みを浮かべて歩いてゆく。
 そして案の定、立っていた男の人のテーブルの前まで、ウエイターが案内すると、二人にイスを勧めた。
 母と柚菜が座ると、彼も座り、感嘆した顔でしみじみ母を見つめ、
「今日は一段と綺麗だよ。」
 と、歯の浮くような台詞を、吐いてくる。
「そうかしら?」
 母は、とろけるような笑顔で答えている。
 近くで見ると、亡くなった父よりも、はるかに年を取っていた。しかし、細身の体は、引き締まり、“パパ“の体付きと良く似ている。そして、何故だか彼を見て、どこかで逢ったかのような感じを受けるのだ。
 50代近いと聞いていた通り、年相応に落ち着いた雰囲気を身にまとった彼の目尻には、うっすらと皺が刻み込まれている。
 アイロンでプレスされた、上品な色合いのスーツは、いかにもホワイトカラー然としていて、外見上は似たところがない。
 映像に映っていた父は、あくまで若くGパンにTシャツ。くたびれたスエットスーツなどで、寝っころがっていたりするのだ。
 それなのに、なぜ父と重なったのか。
(目だわ!)
 すべての感情を秘め、相手を思いやり、優しい心持で母を見つめる穏やかな瞳の色。
「今日は天気が崩れるって言っていたからね。降らなくって良かったよ。」
 と、言って首をかしげるその姿が、また父と重なった。
 きっと父が生きていたら、こんな風に年を重ねて柚菜と母を見守っていただろう。
「はじめまして。柚菜ちゃん。いや、ちゃんづけしたら失礼にあたるかな。でも、柚菜ちゃんと呼ばせてもらうよ。お母さんをよく助けてあげているんだってね。噂はかねがね聞いていたから、初対面な感じがしないよ。」
 と、柚菜を見つめる彼の瞳は、まさしく柚菜の記憶の中にある父を連想させる。

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              白石かなな