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Novel <第四章>

 それから母は変わった。
 いや、父の前にいる時の、表向きの顔は変わらないかもしれない。しかし、柚菜にはわかった。
 小さくなっていた態度や、媚びが混じる表情が消えた。心の奥の方で澱のようなものがたまり、沈殿し、底知れぬものが母の体から立ち上ってゆく。
 表向きの、流産という悲劇を乗り切ったように見える、明るい笑顔を張り付かせた母の表情の奥に、いったい何の情念を隠しているのか。
 父はそれに気づいていないだろうと柚菜は思う。
 けれど、ちょっとした母の受け答えが、今までと違っているのに、違和感ぐらいは覚えているのかも知れない。
 だからこそ、父は前までの、うるさいほどのチェック攻撃を緩ませているのかもしれなかった。
 そして、突然何の前触れもなく、花を買ってきたり、前に母がほしいといっていたケーキを買ってきたり・・・・。
 父は父なりに、流産の時の自分の言葉はいい過ぎたと思っているのだろう。けれど、あの言葉は決して言ってはいけない言葉だったのだ。
 母はそういった父のご機嫌とり作戦に、上滑りなありがとうの言葉を返し、いつもの家事に戻ってゆく。
 表向きは穏やかな夫婦関係。
 しかし、二人の関係は破綻しかかっているのを、柚菜は感じないわけにはいかなかった。
 そんな中でも、母は離婚を切り出さないのだ。
 そして、ある時、なにげなしにクローゼットを整理していた柚菜は、あるものを見つけた。
 古いアルバム。
 見るからに、前妻との思い出がつまっているはずだった。
 見てはいけないと、いったん元に戻す柚菜なのだが、興味が勝ってしまう。とうとう、そっとアルバムを開いてしまった。


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