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Novel <第四章>
(!)
 若い父だった。
 たぶんカメラを持っているのは、前の奥さんだろう。
 今の父にはない、溌剌とした表情を見て、柚菜は心なしかびっくりしてしまうのである。
 明るい未来が当たり前にある者の、日なたのみを、まっしぐらに進んできた者特有の自信に満ちた瞳だった。
 まっすぐ妻の持つカメラを見つめる瞬間を捉えている。
 口元がかすかに開き、深い愛情のこもったまなざしは、柚菜をうっとりさせるくらいにあたたかい。
 手が勝手に動く。ペラペラとめくり、かつての野乃村家にあった幸せな歴史を見ていると、例えようもないくらいの嫉妬に似た感情が芽生えて来る。
 父の前の妻は…・美しかった。いや、その言葉は彼女を表現するには、正しくないような気がする。
 愛らしい。
 この方がぴったりくる。
 写真の中にいる彼女は少女のように全身が小さく、お人形のように整った顔立ちで、何か作業していたり、カメラに向かって微笑んでいたりした。
 写真の数は、圧倒的に彼女が多く、父が日常的にカメラを片手に、妻を撮っているシーンを思い描かせた。
 父の視線で撮られた彼女は、同姓でさえ手を差し伸べ、守ってあげたくなるような雰囲気を、見る者に感じさせた。
 どこか儚げな瞳で父を見つめる彼女の視線は、しかしひたむきだ。
 少女のあどけなさを残しつつ、どこか老成したものを感じさせるのは、どうしたわけなのだろう。
 写真から、そこまで感じとれる体験は、柚菜にははじめてのことだった。
 ちょっとした驚きを感じながら、人にここまで感じさせるのは、ファインダーを覗き、被写体を撮り続けた父の力量にあるのだと、関心させられる。
 極端に少ないのだが、前の奥さんとともに、少し若い感じの門田さんも写っている。
 自然、柚菜は違うアルバムを手にとって開いていた。


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