白い家
【
かなしいゆめのあと
】
The theme of this story is moral harassment
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<序章>
母と娘・・・二人きりで過ごしていた、あの頃のことを思い出す時、柚菜はまるで、鳥の巣にいるような雑多なものが、あふれかえっている当時の部屋の風景が浮かんでくる。
マンションとは名ばかりの、団地の一室。
二人で、沈みゆく太陽の日差しを窓越しに浴び、寝転んでいる光景。見るでもないテレビが夕方のバラエティーの再放送を流している。
母が取り留めのない話をする。柚菜がそれに答える。
どうでもいい話の中で、母は柚菜が生まれた時がどうであったか、などを話す。
「柚菜・・。母親は、子供を妊娠したらすぐに母親になると思ったら、大間違いよ。
子供を生んで、あのひどい陣痛の後で、フラフラになってる私の目の前に、『おめでとう。かわいい赤ちゃんですよ。』って差し出されたあんたを見たとき。確かに小さくって可愛い顔をしてると思ったわよ。自分の子供ながらに。
・・・けれど、どうやってその小さなふにゃふにゃしたものを抱っこして、これから育てていったらいいか、途端に分からなくなっちゃったものだわ。」
「へえ・・。」
と、夕方の陽気にだるさをおぼえていた柚菜の返事に、少し母は慌てて
「そりゃあ、足も手もちゃんと五本付いていて、みるからに健康そうなあんたとの、感動のご対面っていうのはあったわよ。
あーあ、無事に生まれてくれたっていう感じの・・・・2700グラム弱のちっちゃなあんたの泣き声は、思ったより可愛くって、体に見合った小さな泣き声だったわ。」
そう言って母は、すぐにでも自分の世界に飛び立ってしまう。
柚菜がどんなに小さな頃の時でも、話をする母は子供の言葉に略したりしない。意味が分からないなりに、「へえー。」とか「そう。」とか受け答えているうちに、段々とイメージとして、さまざまな事が、柚菜の頭に浮かんできたものだった。
何度でも、自分が赤ちゃんだった頃などの話を聞いているので、母が初めて女の赤ちゃんを産み落とした時のことは、まるで自分が生んだかのように、リアルに思い起こす事ができた。
・・・・冷房の行き届いている、真夏のさかりの病院の一室。
生みの苦しみから解放されたとはいえ、疲労の極地にあった母は、眠れぬ夜を明かした。
夜間は病院が子供の世話をしてくれたため、初めての授乳の朝に、つれてこられた赤ちゃんは、母がきっちり記憶の中にとどめておいた赤ちゃんそのもので・・・・ちょうど、テレビで病院内で取り替えられた赤ちゃんの事がニュースになっていたらしい。
そのせいで、母は生んだ子の特徴顔立ちを、特に念入りに覚えていた。
何もかも初めての母は、看護士に教えられた子供の抱き方やら、おっぱいのやり方など、教えてもらいながら、戸惑う事の方が多かった。
自分にできるんだろうか。抱いているこの子を、うっかり落としてしまわないだろうか・・。
そんな不安をうっかり喋ってしまった母に、看護士はニッコリ笑って
「大丈夫ですよ。落としたりしませんよ。」
と、言葉を返してくる。
そして、彼女は授乳が終わるとげっぷをさせないといけない。と言い、柔らかな小さなそれの頭を、肩の上に乗せるように指示をするのである。
母は、指示された通りに、おそるおそる抱っこしている手をかえ、赤ちゃんの体勢を立てるようにすると、ゆっくり自分の肩の上に、子供の頭を乗せるようにした。
すると「ふう。」とも「はぁ。」ともとれる声を、赤ちゃんは出したのだ。
子供の息吹は、母の耳元を直撃する。
(この子は生きている!)
当然のことなのだけれど、母はこの時そう思った。
自分の意思どおりに体を動かす事さえできず、目さえはっきり見えてはいない。表情の乏しい小さなそれは、母にすべてをゆだねている。
全信頼をかけて、自分を求めているのだ。
そう思った時、
(私が守ってあげる。・・・この子を育てていくわ・・・誰でもない。私がよ!)
くてん。と首を母の肩にあずけ、力なく抱かれている小さな子供の息吹に、母は”生きる意思”そのものを感じさせられられた。それに感動し、初めての誓ったのが、この気持ちだった。
その時母は、初めて親になったと思ったのだ。
「でも、子供を育てるって事は、ホント大変。すぐに風邪は引くし、熱は出すし、おまけに親には移すし・・。
言うこと聞かないし、あれしろ。これしろって要求して、親の都合なんて、考えなしだし・・・。
だけど、健康に育って欲しいってのは、どの親も思う事だと思うわ。無事に何事もなく、すくすくと育って欲しいってね。それが一番よ。」
そして時には母は、柚菜が聞いていて、照れるくらいにオーバーに話す。
「ゆず・・・。あんたは私の宝よ。どんなに高価なものにも換えれれない・・・傷ついたり、苦しんだりせずに、幸せに一生を過ごしてもらいたいって思うのは、当然のようで、変な考えなのかもしれないけれど・・・。」
「絶対に、自殺なんてしないでね。事故にあうのも、耐えられないわ。もし柚菜を殺されでもしたら、私その相手を殺すかもしれない・・・。
お母さん。狂ってしまうわ。」
母の、そんな言葉を聞くにつけ、柚菜はこそばゆいような感覚を、味わったものだった。
柚菜が死んでしまうのではないだろうか・・・。
そういった脅迫観念は、 柚菜の父親である男が、母を置いて死んでしまったことにあるだろう と思う。平凡に結婚して、妊娠し、あともう少しで生み月という時に、彼女の夫が、あっけなく亡くなってしまう。
おまけに、柚菜を生んで一ヶ月もしないうちに、母の友人が乳飲み子を、不注意から死なせてしまう事が重なった。
「美里ちゃんのお葬式は、辛かったわ。小さな赤ちゃんの写真が、全部ゆずに重なるんだもの。同じ女の子っていうのも、あったのかもしれない。
私思ったのよ。子供は自分より先に逝く場合があるんだって事を・・・。パパだって亡くなってしまったし・・。ニュースでそんな悲劇を流していても、それは自分には関係ないって思っているのよね。
自分の周囲に降りかかってきて、初めて実感するのよ。命は限られている、ってのに。年の順番に亡くなるわけではない、というのを・・・。
バカみたいでしょ。でもそれ、本当のことなのよ。」
そんな話を何回も聞かされた。それとともに、母からの盲目的ともとれる愛情も感じ、大切にされているのだとも思ったのだった。
母と娘。二人だけで過ごした日々は、柚菜にとって母の胎内にいるかのような安心感をともなっていた。ゆったりとした時間が流れていた。
たとえ母に余裕がなくて、柚菜に当たったりした時も、その時は母の事を憎んだりもしたが、基本的には家の中では柚菜が中心だった。
そして、母に新しい彼ができたり、別れたり・・・ある程度は大きくなっていた柚菜に、一人っきりの夜を過ごさせたりした時があったとしても、親娘関係が崩れたり、ゆがんだりする事はなかったのである。
(お母さんは、私のことを一番に思ってくれてるんだもん。お母さんにもストレス解消が必要だわ。)
と、そう思って母が、たまには家にいない時の寂しさ紛らわし、いつの頃からか、柚菜は自分自身でも物わかりのいい子供になったと、自画自賛するようになっていた。
そう。あの男が現れるまでは・・・・。
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