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Novel 
「こちらこそ、です。」
 と、二人で頭を下げあうのだから、柚菜は笑ってしまった。
 どうにか、そうやってランチは、和やかに終わると、柚菜達はリビングに移る。
 食後のコーヒーというわけなのだが、リビングに移って初めて気付いた。
 テーブルからは、死角になっていて、全く見えなかったのだ。こちらから見て、リビングの左側面に据え付けてあったのは、どう見ても小さな仏壇だった。
 祖母の家などにあるような、金箔をあしらった、観音開きの大きな仏壇ではない。
 チェストの上に置かれてあるそれは、一見紫色をした小さな箱で、中には、戒名が書かれた位牌が置かれていた。奥には何やら仏像のようなものの絵が描かれてある。両側には小さな花が生けられていた。
 そして、仏壇の横には、幼稚園に行くか行かないかぐらいの、女の子の写真が掛けてある。その写真の少女は、彰彦の面影を宿していた。自転車に乗り、極上の笑みを浮かべている。
「…・・!」
 絶句する柚菜に、母がこっそりと耳打ちしてくる。
「小さな頃に、亡くなったお子さんがいるのよ。」
(何でそれを、あらかじめ言ってくれないのよ!)
 いつも母は説明不足な所があるのだ。
「バタバタするけど、コーヒーを飲んだら、柚菜ちゃんは二階を見てきたらいいよ。これから使う部屋を見ておけば、部屋のレイアウトを考えておけるだろう?良子さんはこれ。」
 ちょっと見せたい物がある。と言って、席を外していた彰彦が、戻ってきて言う。そして胸元で大事そうに持っていた書類を母に見せるのだ。
「コーヒーお待たせ。」
 一方、隆仁がトレイを持って、コーヒーを入れたマグカップをみんなに渡してゆく。
 そこで、改めて思うことなのだが、この家の男二人は、見事に息がピッタリ合っている。
 何も言わないでも、自然に分担作業をこなし、互いにニアミスなんて事がないのも、不思議だった。
「まあありがとう。私達、本当にお客様ね。何もしなくても、何でも出てくるんだもの。で、彰彦さん。それはなあに?」
「まあ。コーヒーを飲んでからにしようよ。せっかく隆仁が入れてくれたんだからさあ。」
 一瞬、見せておいて、サッと書類を隠すのだから、人が悪い。ニヤニヤしながら母を見つめる。彰彦のその様子では、悪い話ではないのだろう。
 母は、彰彦が隠した書類が気になって仕方がないらしい。チラチラ見ながらあっという間に、コーヒーを飲み干すと、やっと彰彦は、書類をローテーブルに広げるのだった。
 息を呑んで、柚菜も席を外さずに書類の題を見てみると、
『野乃村家、リフォーム計画書。』
 と、書かれてあるのだ。
(この家のどこをリフォームするのよ!)
 手入れが行き届き、ピカピカに磨きこまれ、柚菜達が見ても、新築同様に見える家なのである。
 あっけにとられた柚菜の意見に、母も同感らしい。
(お母さん。ひょっとして、彰彦さんが結婚式の手配を、してくれていたんだと思ったのかしら。)
 グラッと体を傾げた母の様子だと、どうもそうらしい。
「まず、キッチンだよね。」
 と、話しはじめる彰彦の話を、聞こうとしていた柚菜の肩を、隆仁がポンポンと叩いてくる。
「何?」
 と返事すると、彼は指を天井に向けて、
「二階は?」
 と、ささやいてくるのである。柚菜は、アッとなって、
「そうね。行こうか。」
 と、二人して席を立つと、彰彦と母が顔をあげ、
「隆仁、説明頼んだぞ。後から僕達も行くから。柚菜ちゃん。じっくり見て、変えてほしい所があったら、言ってくれたらいいから。今なら変更可能だよ。」
 と、彰彦は、リフォーム計画書をヒラヒラさせて言う。
 柚菜は、何と言ったらいいのかわからず、愛想笑いを浮かべて、その場を後にしたのだった。
 とにかく、今日は盛りだくさんの日だ。
 隆仁と柚菜は、リビングを後にし、廊下に出た。まっすぐ正面には玄関が見える間取りで、廊下を少し歩くと右側に階段が見えた。隆仁は柚菜の姿を気にしながら、廊下と同じ、ムク材で統一された階段を登ってゆく。
 隆仁の後ろ姿を見ながら柚菜は、なにげに思う。
 血の繋がらない同学年の異性を意識してもいいはずなのに、それがない。
 柚菜の場合、彰彦さんに注意が向いているせいもあるのだが、そういった事を差し引いても、隆仁にはどうも中性的な雰囲気があるのだった。
 全体的に男子は女子に比べて成長が遅いので、その点もふまえて彼はまだ、少年の幼さを残した線の細い、あどけなさを残してはいた。
 その方が、かえって柚菜には都合がいい。
(いちいち男の子だあって、意識していたら疲れちゃうもの。)
 そう思って、柚菜は隆仁の後姿を見つめ、二階にたどり着くと、
「真ん中の廊下から見て左奥が主寝室・・お父さんとお母さんの部屋になるんだ。トイレを挟んで、俺たちの部屋は、右奥の二部屋だよ。階段のすぐ横の手前側の部屋は、もし赤ちゃんが生まれたらの話なんだけど、その子の部屋になる予定みたいなんだ。今は納屋になっているけれどね。ちょっとこっち来てくれる?」
 と、話しながら、隆仁が右奥の部屋の方向へ、歩いてゆく。おいでおいでをして柚菜を呼び寄せた。
「君の部屋はこっち。」
 同じ作りの二つのドアの、右側を指し示すと、隆仁はドアを開けた。
「まあ!。」
 思わす柚菜が感嘆の声をあげてしまう。
 ドアの向こうに広がっていた部屋は、8畳はたっぷりあった。




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