MAIN

Novel <第2章>

 その後、四人の新生活への準備は、着々と何の問題もなく進んでいった。
 家のリフォームも着工し、彰彦達はその間、近くのマンションに仮住まいをするのだった。
 一方仕事をやめた母は、猛然と料理の特訓を始めてゆく。そして、彰彦の仕事のオフの日には、いそいそと出かけてゆき、手料理をふるまっているらしい。
「やっぱり、門田さんには、負けるわ。」
 と、さっそくお互いの“食に対する思いの違い”が、出てきているらしい。
 しかし、それを話す時の母の様子は明るく、愛情面でカバーされているようだった。
 何しろ母は、頑張っているのである。
 今までの手を抜き、面倒をかけずに作っていた母の料理は、二時間以上かかる煮込み料理や、チキンフリカッセ。グリル・ハンバーグなどに変わっていった。
 本を片手に悪戦苦闘をしながらも頑張る母の姿は、柚菜にとってもほほ笑ましく映るのだった。
 そうこうするうちに、リフォームが完成するに合わせて、新婚旅行の日程が決まった。
 仕事をやめて、充分過ぎるほど時間があるはずなのに、母は日を追うごとにバタバタと、動き回るようになった。
 何かと準備することが、後から後から出てくるらしい。
 毎日がテンションの高い状態ですごすうちに、ちょっと体調を崩す場面があったりしたのだけれど、すぐに持ち直す。
 その時、彰彦が、母が臥せっているという話を聞きつけ、心配のあまり柚菜の家に見舞いにくる騒動があったりしたのだった。
 母は野乃村家に行ってからは、決して自分の家には呼ぶことはなかった。
彰彦さんが住む、整理が行き届いている家と、柚菜達の住む家の中は、散らかっていて、あまりに違いすぎていたからだ。
いわば禁区となっていたのだから、柚菜親子は動揺した。
(家が散らかっているのにどうしよう!)
 と、戸惑う柚菜に、
「準備しているせいなのよ。」
 と、母の機転のきいた説明をして、彼を納得させてしまう。
 とにかく、母の調子が、彰彦は気になって仕方がなかったらしい。
 思ったより母が元気な様子を確認すると、彼は目に見えて安堵の吐息をもらした。
「疲れが出たみたいなのよ。体を休めたら、すぐに良くなったわ。彰彦さん。ありがとう。わざわざ来てくれるなんてうれしいわ。」
 見舞いの品どころではない。取るものとりあえずに慌てて来た。という彼の様子に、母は感動したらしい。感謝一杯に見つめる母を、彰彦は思いやりのこもった視線を送る。
「ほんと、大事なくってよかったよ。無理をしたらダメだよ。…しかし、さすが良子さん。すぐに良くなるなんて、すごいよ。」
 と、なぜだか賞賛の目付きで母を見つめて言うのだから、柚菜は不思議に思った。
(ちょっと,大げさすぎじゃない?)
 心の中でつぶやくのだが、言葉にはしない。今二人は結婚を控え、テンションが上がっているのだから、なんでも感情の起伏が大きくなるのだろう。
 そう柚菜は勝手に解釈して、納得するのだった。いずれにしても、彰彦の母を見る目は暖かく、思いやりに満ちている。
(お母さん、幸せになれるわ。)
 母が、せっかく来てくれた彰彦のためにコーヒーを入れるのを、柚菜は見るともなしに見つめて、その時は確信したのだった。
 夏の暑さが頂点に達した頃の、一幕。
 柚菜達が、野乃村家に入る、二週間前のことだった。


                               next
Skip to top