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Novel 
 
 そして、デパートに服を買いにいってからちょうど二週間後の朝、柚菜達は食事会の準備に大忙しだった。
 いや、柚菜の用意はすぐに済んだ。例のワンピースを着て、髪の毛をとかして終わり。
 くせのない真っ黒な髪質の柚菜の髪は、とかすだけで自然とツヤが出て、友達の間でも評判の"キューティクル"なのである。
 そのかわり、カールしたり、ウェーブをつけたりしたいとなると、大変な事になる。   
 直毛のしっかりとした髪質は、クセをつけようとすると、ものすごい抵抗を見せた。
 パーマをかけても一ヶ月もしないうちに、みるみる戻ってゆくのを、柚菜は経験上よく知っていた。
「お母さん。まだあ?」
 柚菜の問いかけに(ああでもない。こうでもない。)と、唸って返事もしない母こそ、柚菜とはまったく髪質が異なるため、また違う意味で大変なのだった。少しクセがあり、量も少ない母の髪は、ウェーブを付けがいのある反面、手入れしないとシナッとなって見るも無残になるのだ。
 今日の母は、気合が入りすぎて、妙な具合に膨らんでしまっている。この髪を整える前には、おそろしく手のくんだメイクに必死になっていた。
 このメイクも壮絶なくらい時間がかかっていて、だからといって厚ぼったくなっていない。健康的な、自然な仕上がりで、母を初めて見た人なら、どこをどういじったの?と聞きたくなるかも知れない。
 ノーメイクの母を知っている柚菜には、はっきりとそうではないと言うことができる。
 基本の何種類もの下地を、用途別に丹念に塗りこみ、巧妙にくすみやシミを隠してゆく。そしてファンデーションを厚ぼったく見せないように塗るそのやり方は、さすがに年季が入っていた。
 それからは、眉、アイライン、マスカラを施し、アイシャドウのグラデーションは、一体何色塗るの?と聞きたいくらいだ。瞳をはっきり見せようとして、ラインの入った淡いグレー色のコンタクトまで入っているのにおかしくならない。すべては計算尽くされ、“美“へのアクセントとなっているのだ。
「あぁ。もういいわ。」
 うめきながら、母は、思い切って腕を振り上げ、髪をくるくると編み上げてアップにする。そして慣れた手つきでピンを次々と留めてゆき、引き出しから小さな宝石のついた和風のかんざしを手に取ると、スッーと側頭部に挿したのだった。
「さあ、できたわ。どう?」
 母は、そう言って立ち上がり、柚菜に今日の出来上がりを披露した。
「綺麗よ。お母さん!」
 こういった時の母の変身ぶりには、毎回目を見張るものがある
 柚菜は、小さな悲鳴を上げて、褒めたたえた。
 前日に染め上げた艶やかな髪をアップにし、えんじ色のスーツが彼女の顔色を、さらにひきたたせている。なぜだか、本来は着物と合わせるべきかんざしが、浮いて見えない。
 幻想的な雰囲気をかもしだしている母は、まぎれもなく美人の部類に入るだろう。毎日のケアと、たえまない努力のおかげで、所帯くささの全く感じさせない一人の女性がそこに立っていた。
「うまく化けたわねえ…・。」
(これって、魔法以外のなにものでのないわ。)
 母が変身するたびに思う一言を心の中で反芻し、しみじみつぶやく柚菜に、
「化けたとは何よ。これが本来の私よ。」
 と母がニヤリと笑って答えてくる。今日の出来ばえは、母自身にとっても会心のできらしい。
「勝手にしたら!」
 柚菜の言葉を合図に二人は、てきぱきと戸締りをすませ、外へ繰り出して行くのだった。

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