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Novel 
「お母さんに聞いたんだけれど、僕は柚菜ちゃんのパパに雰囲気が似ているんだって?」
 ふいにその話をふられて、柚菜はびっくりした。
(お母さん、そんな事まで言ってるの?)
 いくら夢中になっていても、言っていい事と、悪い事があるだろう。
 死んだ夫に良く似ていると言われたら、(その男の身代わりか?)と、思われかねない。
 心の中で、母を非難しかけて、柚菜は、ハッとなる。
 彼は、母の言った事に対して、気分を害しているのではない。
 ジッと柚菜を見る視線は、深い悲しみに満ちて、何かを訴えかけてくる風情があったのだ。
「僕は、柚菜ちゃんのパパにとって代わろうなんて、思っても見ないから安心していいよ。
 本当の父親のことは、大事に心の中にしまっておいで。忘れちゃだめだ。
 けれど、戸籍上は僕が父親になった訳だから、出来る限りサポートさせてもらうから、その点も心配しないで…。」
 いったん言葉を切った父は、柚菜に返事する間も与えずに、また話し始める。
「実は、僕には小さい頃に亡くなってしまった娘がいて…仏壇があるし、お母さんから聞いているよね。あの娘に出来なかった事を、僕は君を世話することで、罪滅ぼしをさせてもらっているような気持ちになるんだよ。
 こんな事を思うのは、柚菜ちゃんに対して、失礼なんだけど…。」
 言って父は、ふーと吐息をもらし、柚菜をなんとも言えない目付きで見つめてくる。
「お父さん・・。」
(お父さんもだったんだ。!)
 柚菜は心の中で叫び声をあげる。柚菜だって、野乃村彰彦を、亡き父と重ねあわせて接しているような所があったのだ。
「私も一緒です。私もパパにしてもらいたかった事を、お父さんに重ね合わせていました。今までも、とっても楽しかったです。そして、これからも、お父さんと一緒にいれるのを、私は幸せに思ってます。」
 たたみかける様に訴える柚菜を、父は透きとおるような笑みを浮かべて見つめてくるのだ。
「僕は、本当に幸せものだよ。良子さんに出会えて、それだけでも十分幸せなのに…きっと、天国の娘が応援してくれているんだろうね。『お父さん。いい加減、幸せになりなよ』って。
 初めてなんだ。良子さんに出会うまでは、思いもしなかった。一緒にやって行こうと思える人に、再びこんな風に出会えるなんて思いもしなかった…。」
 最後の方は、自分の中に入り込んでしまい、独り言のようになってしまう。
 とにかく、今目の前にいる父は、これまでの父と違う。
 酒も入り、むほうびに心の傷口をさらけ出していて、柚菜はどうしていいのかわからない。
(お母さんだったら、どう言ってあげるんだろう・・。)
 戸惑う柚菜に、父は自ら我に返って、柚菜を見据える。
「柚菜ちゃん。これから、いろんな事があって、戸惑う事がたくさん出てくるかも知れない。いや、きっとこんな男と一緒にいれば、あるに決まってる。
 でも、これだけは覚えておいてね。
 どんな事があっても、僕は良子さんと、柚菜ちゃんを愛しているよ。命をかけて、守るつもりだから。
 娘や、前の妻の時のように、ならないように…ね。
 こんな男を、父として、夫として…これは良子さんに言わなくちゃいけないね。
 大目にみてやってください。」
 そう言って頭を下げる父を、柚菜は呆然と見ることしか出来なかった。
 あの時、何と言ってあげればよかったのだろう。
 何と言ったら、彼を慰めることができただろう。
 圧倒されたまま、自分の部屋に戻って行った柚菜は、布団の中に入ったものの、見事に目が覚めてしまった。
 後になって、どうしたらよかったと、考えてみても、彼の苦しみの元が分かっていないのである。
(いったい、何があったの?)
 そう思わずにはいられない。
 命をかけて守る。娘や前の妻の時のようにならない。…ということは、逆に、前の時は守れなかった事でもあったのだろうか。
 しかし、いくら考えても、やっぱり謎がとけない。
 結局、考えるだけ考えて、その意味を捉えることが出来ずに、まんじりとしないで過ごし、とうとう朝を迎えてしまったのだった。
 あとあとになってから、父が言った言葉を、柚菜は何度も思い返す事になる。



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