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「私だけみたいよ。」
 柚菜が返事すると、
「昨日遅かったしなあ。」
 と、天井を見上げ、柚菜の視線に気が付くと、ニッと笑った。そして柚菜の近くのソファに座った隆仁は、寝癖のついた髪形のままで、
「昨日は眠れた?」
 と聞いてくるので、
「ええ。グッスリ。」
 と、答えていると、父と母が姿を現す。二人は、ぼんやりとして、まだ目がさめていないようだ。
「おはようございます。朝食の準備、整っております。」
 門田さんが話しかけるのを、父はコクンをうなずき、
「おはようございます。」
 と、気だるげに答える。
 なんとなく、門田さんが来ていなければ、父も母も、もっと寝ていそうな感じだ。
 柚菜と隆仁は、(朝食できているんだって。)と、目配せして、立ち上がり、湯気がたっている料理が載っているテーブルにつく。
 だいだい門田さんがつくる朝食は、和食が多く、たっぷりのご飯に、干し魚の焼きものに、香の物。味噌汁などがつく。
「…。」
 父と同じように席に着いた母が、絶句していた。昨晩遅くまで起きていて、ちょっとしたつまみや、お酒をのんでいたのだ。食欲がわかないのは当然だろう。
「頂きます。」
 父は、母とおなじくらいに食欲がわかないはずなのに、無表情に手を合わせると、機械的に箸を進めてゆく。
 柚菜と隆仁も、それに習って黙々と食べてゆくのだった。
 母だけは、なかなか食べ物を口に運ぶ事ができず、ほとんど残してしまったのだが、門田さんは何も言わず、
「ご馳走様でした。」
 と、言って終わった順に食器をかたづけてゆく。柚菜も席をはずし、リビングを出ようとした時、最後まで残っていた母が
「すみません。残してしまって。」
 と、謝っているのが聞こえてくるのだった。
 食事が終わると、めいめい朝のシャワーを浴びたり、もう一度朝寝に入ったり(これは父と母の二人だった。)と、各自の行動をして過ごした。
 そして、昼前になって、自然リビングに全員が姿を現し、昼食も用意してくれていた門田さんは、みなが席に着くと、開口一番、
「今まで、ありがとうございました。食事の後片付けをしましたら、おいとまさせて頂きます。」
 と、頭を下げるのだ。父はそれを聞いて、あわてて席を立ち、
「こちらこそ、お世話になりました。」
 と、返事する。
 門田さんは、もう一度頭を軽く下げると、キッチンに戻って行く。門田さんがキッチンへ姿を消すと、
「頂きます。」
 四人で手を合わせるのだった。極少量のトマトのスパゲティとサラダのみの、軽めの昼食は、単純な味わいながらに、これもおいしい。
 母は、あの後少し眠れたようで、すっきりとした顔をしていた。パクパク口に運んで、
「おいしいわあ。」
 と、褒める母を、父はこれ以上ないくらいに愛おしげな目付きで見つめているのだ。
 柚菜は、そんな二人の姿を、いつもながらに羨ましい気持ちで、見るのだった。
 一方、隆仁は、
「これで、門田さんの料理は、食い納めになるんだよなあ。」
 と、しみじみとした声でつぶやいている。一口一口噛みしめるように食べる様は、門田さんとの思い出を、それこそ噛みしめているのだろう。
(門田さんが親代わりだったものね。…隆仁にとって。)
 柚菜は、そんな事を思いながらも、スパゲティを口に運ぶ。
(今晩のご飯のメニューは、お母さん、何にするつもりなのかなあ。)
 と、何気なしに思うのだが、それは母が決める事だ。柚菜が気にする事ではない思うのだった。
 軽めの昼食は、量も少なめにしてあったので、みんなは朝食の時とは違い、アッと言う間に平らげる。
 ほぼみんな同時にお皿を空にすると、母が率先してコップやお皿を集めて、キッチンに持って行くのだった。
「ご馳走さまでした。」
「いいえ。」
 母と、門田さんの少ない会話が聞こえ、
「後片付けは、私がします。」
「いえ、片づけまでは、私の仕事ですので結構ですよ・・。」
 と、言い合っている声がし出すのだが、しばらくして母の方がキッチンから出てくる。
 門田さんに追い出されたようだ。
 母はきまり悪い笑顔を浮かべ、のんびりリビングでくつろいでいた柚菜達の側に座る。そして、四人で、テレビを見るともなしに見るのだが、何となしに少し気まずい雰囲気が流れた。
 母がチラッと柚菜の方を見ると、
「最後まで、門田さんには嫌われちゃってるみたい。」
 と小声でささやいたのだが、当然父の耳にも入り、
「すまない。門田さんは、前の妻を子供の時から、世話をしてくれていた人で…。
 前の妻は病弱でね。ずっとこの家のことを見てきた人だから、君の事は受け入れられないと思ったんだよ。
 暇を出すのも、君とは絶対上手くいかないだろうというのも、理由の一つにあるんだ。」
 と、ささやいてくるのだ。
(ええー!)
 柚菜は心の中で叫び、母の方も、その話は初耳だったらしい。
 目をまん丸にして、息をのんでいる。


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              白石かなな