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Novel 
 野々村家に入って半年以上がたち、柚菜は時々疑問に思ってしまうことがある。
 自分たちはなぜ、この家にいるのだろうかと。そして・・・。
(私達って、お父さんにとって、なんなの?)
 と、疑問符を何度投げかけただろう。
 その時、柚菜は繰り返し思い出す事があった。新婚旅行に行く前日、父が柚菜に漏らした一言を…。
『どんな事があっても、僕は良子さんと、柚菜ちゃんを愛しているよ。命をかけて、守るつもりだから。』
 守ってくれるなら、その人のもとで、なぜ息がつまり、ビクビクしているのか・・。
一家の主人に奉仕し、機嫌を伺い、自由のないこれこそが、結婚生活というものなのか?と、不思議に思ってしまうのだ。
 余裕のない生活を続けているうちに、ある問題が持ち上がってくる。
 その問題とは、学力の問題だった。
 隆仁が、家庭教師代わりになってくれたおかげもあって、引越しした当時は学力が上がっているように見えていた柚菜だったのだが、半年たって高校の模擬テストを受けてみると、恐ろしく学力が下がってしまっていた。
 いつのまにか自分で勉強するどころか、隆仁に見てもらう事すらなくなっていたので当然といえば当然の結果なのだが、テストの結果を渡されてア然となった柚菜は、それを隠しておこうと決心した。
(次のテストまでには遅れを取り戻そう…。)
 そう決心し、家に戻っていつもどおりに風呂の掃除、書類の後片付けなどをして、自分の部屋にこもるのだった。
 と言っても、のんびりしてはいられない。ほどなく夕飯の手伝いに顔をださなければならず、キッチンに顔をだした柚菜に、母が
「柚菜。お父さんは、今日は早めに帰っていらっしゃるから、下ごしらえはしてあるのよ。そんなに手伝わなくてもいいわよ。」
 と、言ってくるのに、
(え?今日は早いの?)
 と、無意識にも柚菜は構えてしまう。
「ゆず、先にお風呂に入っていてよ。先に入った方が、ゆずも楽でしょ?」
 と、母にうながされて、
「えぇー。先に入るのぉー。」
 と、文句をつけながらも、
「わかったわ。先に入っておくわ。」
 と、答えて柚菜は着替えを取りに、二階へ上がっていった。そのついでに隆仁の部屋をノックして
「今日は、お父さん。帰るの早い日だって。」
 と、声をかけておく。隆仁と柚菜は半年もたつと、自然に協力体制をつくるようになっていた。
 父は、自分が帰ってきてテーブルについた時に、柚菜達が食事に遅れて夕飯が遅くなる事を極端に嫌うからで、こうやって、お互いに声をかけあうのだった。
「…帰ってきたら、また声をかけて…。」
 ドア越しに聞えて来る隆仁の返事に、柚菜はうなずき、自分の部屋から着替えを取ると、バスルームへ向かう。
 一番風呂なので、お湯もきれいでひときわ気を使うひと時なのだ。
 洗い場はともかく、浴槽に髪の毛や、目立つ垢が浮いていたりすると、父の機嫌が悪くなるからだった。父が入る前にバスルームを使う場合は、排水溝にたまった髪の毛は言うにおよばず、浴槽に浮いている垢を専用の垢取り器ですくい取っておかなければならなかった。
 お風呂の掃除はだいたい柚菜が行い、スチールウールで丹念に磨き上げているせいで、ピカピカである。
 しかし、ピカピカにした分、汚れた所を見つけると、掃除せずにはいられなくなってしまい、リラックスタイムであるはずのお風呂タイムは、くつろぐ所ではなくなってしまっていたのだった。
 とにかく、汚さないように気を使いながらも、ざっと洗うと、柚菜はバスルームを後にし、脱衣所ですばやく服を着てゆき、ドライヤーで髪を乾かしてゆく。
 ここでも、注意点があり、脱衣所で抜け落ちた髪も、拾ってゴミ箱に入れなければならなかった。
(お母さんと二人で住んでいた時は、こんなに気を使わなくて良かったんだけれどなあ・・。)


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