白い家
【 かなしいゆめのあと 】
The theme of this story is moral harassment
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Novel
母の気持ちを考えてみると、母は、父に嫌われたくないから、ご機嫌取りをするような態度をとるのではないか。
愛情があり、嫌われたくない一心があるからこそ、父が要求する、『家の中をひたすら綺麗に保ち、家族に奉仕し、妻として、母としての責務を、まっとうする』事に、翻弄されているのではないか。とも思ったりもするのである。
(なんだか物事、単純にはいかないものなんだ・・。)
柚菜は、母と父が話をしている間は、子供が口をはさんではいけない事になっているのも、野乃村家のルールの一つになっているので、黙々と箸をすすめながらも、そんな事を考えていたのだった。
「ゆずちゃんの方は、結果はでたのかい?」
突然、振ってこられた父の質問に、柚菜はハッとなって顔を上げると、父をはじめ、母や隆仁までも、柚菜を見つめて返事を待っているのである。
「え?あの・・。」
質問の意味がわからず、戸惑ってしまった柚菜に、母はちゃんとお父さんの言う事を聞いていなさい。とばかりに、顔をしかめて
「模試の結果よ。隆仁くんは学校から結果をもらったらしいから、柚菜の方はもらってきてるの?って、お父さんが聞いていらっしゃるのよ。」
と、咎める声色で言ってくる。
(とうとう来た!)
意味を理解した柚菜は、この場所から逃げ出したいと思った。
キョトキョトと、落ち着かない瞳であたりを見回すのだが、問題を後に回しても、いずれ言わなければならないのだと思い直す。
柚菜は息をソッと吐き出し、つとめて何でもない顔をして、
「今回は、ちょっと調子が悪かったかな?」
と、軽く言ったのが、良かったのか悪かったのか。母がみるみる険しい表情になって、
「それはどうゆう事なの?
ゆずの仕事は、勉強する事でしょ。わざわざ自分の部屋をもらって、ゆったり勉強できる環境なのに、どうして調子が悪いの。」
と、咎めてくるのである。
柚菜は一瞬、母の言った事が、理解出来なかった。
勉強に集中できないのは、一人で家の用事がこなせずに、困っている母を思いやって、柚菜も手伝い、『所帯疲れしてるのよ。』と級友に話すほど、家の事に振り回されていたからなのではないのか?。
(お母さん。あなたが一番、その事をわかってくれてもいいんじゃないの?)
心の中で、そうつぶやくのだが、言葉に出ない。なぜなら、今自分の前にいる女性は、まるで別人のように、冷たい視線を柚菜に浴びせかけているからだ。
「そんな調子で、もしH大付属高校に入れなかったらどうするの。」
あくまで咎める調子の母の言葉に、ムッとするのを感じながらも、
「次、がんばるからいいじゃない。」
と、言い返すと母は信じられないとばかりに仰け反って、父を伺い見る。
父は、少し眉をひそめて柚菜を見ているのを確認すると、母はブルッと体を震わせた。
「その生意気な態度は何?お父さんに謝りなさい。」
と言う母の言葉に、柚菜は腹立ちも超えて、あっけにとられるほどだった。
(今の言い方が、お父さんの気分を害したってわけなの?)
父の気分に敏感に反応しすぎだ。
もし、父が気分を害したとしても、なぜ無条件に謝らなければいけないのだ。
「謝りなさいって言ってるでしょ!」
柚菜が、何も反応しないでいると、母は切羽つまった表情で、柚菜の頭をわしづかみにするのである。無理矢理下げさせようとするのを、全力で抵抗していると、
「良子、そこまでしなくてもいい。ご飯がまずくなる。」
と言う父の鶴の一声で、母の手はスッと離れるのである。
その時柚菜の中で、何かが弾けた。
(もう限界…。)
父のご機嫌をうかがう毎日に。それ以上に母が神経質になって、父の顔色を見てはびくびくして、柚菜にも気を使った生活をさせるのにも・・・・。
うんざりだった。
一瞬、柚菜は茶碗を置いて、その場で席を立とうとするのだけれど、そんな事をしたら、父や母に怒る理由を差し出す事になるだろう。即座に思い直し、柚菜は猛烈な勢いで、ご飯をたいらげてゆく。
「ご馳走さま。」
小さな声でつぶやき、さっさと自分の分の皿を、キッチンに持ってゆくのだった。
すぐさま二階にあがって、自分の部屋に入るのだが、腹立ちが治まらない。
机に座ってジッとしていると、コンコンと、途惑いがちなノックの音。
母だろうと思って無視していると、
「ゆずちゃん?」
と、問いかける声が、父の声なのだ。
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白石かなな