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「はい?」
(なぜお父さんが?)
 びっくりして、柚菜はドアを開けると、父が一人でつっ立ている。
「ちょっといいかい?」
 聞かれてイヤとは言えない。
「どうぞ。」
 柚菜は、ドアをさらに開けて招きいれると、珍しく父は居心地わるそうな顔をしているので、
「椅子をどうぞ。」
 言って机とセットになっている方の椅子を勧めると、
「ありがとう。」
 と、言って素直に座った。
 何の用事とばかりに、柚菜がだんまりを決めていると、
「さっきのテストの事だが・・。」
 と、言ってくるのだ。
(それは次、頑張るって言ったじゃない。)
 心の中で叫び、しかしまた思いのままに口にすると、また父は感情の爆発を起こすかもしれない。そうなると柚菜が母に、なじられてしまう。
「新しい生活に馴染むのに精一杯で、勉強まで手が回らなかったんです。すみません。次頑張りますので。」
 と、頭を下げると、父はイヤイヤと首をふり、
「それはさっきお母さんも言っていたよ。ゆずは家の事も手伝ってくれていて、ちょっと余裕がなくなっているんだって言っていたからね。
 お母さんも分かっていたよ。
 ちょっと言い過ぎたって、反省していた。
 …何なら、前言ってたみたいに、塾に通うなんてのも、一つの方法と思うのだけれど、どうだい?」
 と言ってくれるのを、半年前に聞いていたなら、そのまま素直に受け取って、『ありがとう』と、言って父の胸に飛び込んでいけただろう。
 しかし、疲弊した心持ちでは、柚菜の中にスッーと入ってゆかなかった。
「いえ、大丈夫。なんとかやっていきますので・・。」
 と、硬い表情のまま答えると、父はため息一つつき、
「そうかい。あまり無理をしたらだめだよ。高校は、H大付属高校だけじゃないんだ。ゆずちゃんの人生なんだからね。いいと思った高校を目指してくれたらいいんだから…。
 でも、家の用事をしているから、勉強できないってのは頂けないね。女の子なんだから、家事をしていて損はないはずだよ。そうは思わないかい?」
 と、真摯な目付きで父が言うのを、柚菜は無理矢理笑顔を浮かべて、
「ええ、そう思うわ。」
 と、答えてはじめて父は、納得した表情をする。
「じゃあ、そういうことだから、お母さんにも話しておくんだよ。ゆずちゃんの事を心配していたからね。」
「はい。」
 表面上だけは、素直に答える柚菜に、父はコクッとうなずくと、椅子から立ち上がり、部屋を後にした。そんな父を見送ってドアを閉める。
 そして、なにげなく等身大の鏡に映る自分の姿が目に入り、柚菜は愕然となるのだ。
 なぜなら、父を見送った時のままに、張り付かせていた自分の笑顔は、隆仁を連想させられたからだ。
 力の入らない、悪く言えば気の抜けた笑顔。
 思った事を素直に出せず、相手の思うがままの自分を表現すると、こうなってしまうのだろうか。
 笑顔で感情を押し隠し…。



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              白石かなな