白い家
【 かなしいゆめのあと 】
The theme of this story is moral harassment
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Novel
その後、柚菜と母は、父が帰ってくるまで、静かに話し合ったのだった。
結果、離婚に向けて『根本から考え直して見る。』事に決定した。
父が帰ってきた後は、例のごとく母も柚菜も仮面をかぶり、よき妻よき娘を演じ、日が暮れてゆく。
柚菜はその夜、久しぶりにゆっくり眠ることができた。
その日は、それがかえって良かったのか悪かったのか…。
深夜、パチパチと何かがはぜる音に気が付いた頃には、すでに遅かったのだ。
目を覚ました柚菜がみたものは・・・。
火だった。
炎が天井から壁から、家の中をなめるように、チロチロと這っているのだ。
熱波が衣服を焦がす。柚菜はボー然となって動けない。きな臭いにおい。
そこに父が、ドアを開けて入ってきた。
「…・。」
父が何か叫んでいるのだが、何を言っているのか理解できない。
答えられない柚菜に、父は業をにやしたかのように、有無を言わせず、柚菜を抱えあげた。そして、二人は熱波の中、階段を降り、外に向かうのだった。
すべてがスローモーションのように、柚菜には映り、何がなんだかわからないうちに、柚菜は救出されていた。
燃える家から脱出した柚菜に、泣きはらした母がすがりついてゆく。すぐさま柚菜を降ろして、
「まだ隆仁が中にいる。」
と言って、燃えさかる家に戻ろうとする父に、母が
「隆仁くんは、ここにいるわ。自分で逃げてきたのよ。」
と必死に叫んだ。
その言葉を聞いた父が、失った焦点を合わすかのように、母のそばにひっそりとたたずむ隆仁を見つめた。よろよろとうずくまる父。
家族はボー然と、燃えつきてゆく家をみつめていた。
消防車が放水する。
めらめら火を吹き出してゆく家を見てゆくうちに、「助かった」という思いと、家の中にある、淀んだものが、すべて浄化されてゆくようにも、柚菜には感じられたのだった。
不意にドンという音とともに、ガラスの割れる音。一段とすざましい熱波に、家族はのけぞる。
「下がってください!」
消防隊員の叫ぶ声に、四人がわれに帰り、
「クラッシュオーバー。」
小さく、ポツリとつぶやく隆仁。
「奈々・・・。」
娘の名前をづぶやく父。その声に導かれたように、家の中から何かが飛び出してくる。
その何かが父の胸の中に飛びこんでいった。
パフン。という音と共に、柚菜は声のような、音のような、何かを聞いたような気がするのである。
その音とは…。
パパ。・・幸せになって・・。
と、小さな声で言っているような感じがしたのだ。
そして、ふー・・とそれは消えていったように、柚菜には見えた。
それは母も隆仁にも見えたようで、父を見て固まっている。
しばらくして、ハッとなった母が、柚菜にしがみついてきて、こう言うのである。
「ゆず、ごめんね。私、とっさに体が動かなかった。
消防団が制止するのも聞かずに、お父さんが、行ってくれたの。お父さんに後でありがとうを言ってね。」
言いながら、感極まるようで、母の瞳からみるみる涙が出てきて、顔がクシャクシャになった。
「消防団の人が言うのよ。中は可燃性の家具やらが、有害物質を出していて、助けに行った者まで、肺がやられてあっという間に死んでしまう。
最近は火にやられて死ぬんじゃない。って言うのよ。
それでも、お父さんは行ってくれたわ。本当に良かった・・本当に・・。」
母の言葉を聞いた隆仁が、ポソッとつぶやく。
「奈々が助けてくれたのかなあ?」
言って彼は、父の方を見やると、うずくまったままの父は、先ほど味わった娘の気配らしきものを、確認しているようにジッとしているのだ。
そういえば、柚菜が目を覚ました時は、すでにもう炎が這ってきて、部屋の中は凄い熱波が充満していた。
助かった今では、あの時のことは、夢のようなのだが、柚菜は当たり前のように息をしていた事を、今さらながらに気が付くのである。
「そうかも知れない。」
柚菜は、焼けつくされてゆく白い家を、ボンヤリと見るのだった。
(さようなら。前の奥さん。奈々ちゃん。もし助けてくれたのが、あなただとしたら、ありがとう…。)
心の中で語りかける柚菜に、返事は聞えてはこない。
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白石かなな